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    <title>NJFの読書日記</title>
    <description>読んだ本の感想や、そこから考えたことをまとめています。</description>
    <link>https://book.njf.jp//</link>
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    <pubDate>Fri, 19 Dec 2025 21:16:05 +0900</pubDate>
    <lastBuildDate>Fri, 19 Dec 2025 21:16:05 +0900</lastBuildDate>
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      <item>
        <title>『未来医師』感想:ディック初期作品として割り切るなら読む価値があり</title>
        <description>&lt;p&gt;フィリップ・K・ディック『未来医師』を読んだ感想を書いています。&lt;/p&gt;

&lt;!--more--&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;ネタバレや少しきつめの内容の感想が含まれているので、まだ読んでいない人や批判的な意見を見たくない人はご注意ください。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/4s2DDuW&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/71o1wUypnDL._SY466_.jpg&quot; alt=&quot;フィリップ・K・ディック(著), 佐藤 龍雄 (翻訳)「未来医師 (創元SF文庫)」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

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&lt;h2 id=&quot;目次&quot;&gt;目次&lt;/h2&gt;

&lt;ul id=&quot;markdown-toc&quot;&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#目次&quot; id=&quot;markdown-toc-目次&quot;&gt;目次&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#ここからディック読み始めるのはおすすめしない&quot; id=&quot;markdown-toc-ここからディック読み始めるのはおすすめしない&quot;&gt;ここからディック読み始めるのはおすすめしない&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#粗さを感じる理由&quot; id=&quot;markdown-toc-粗さを感じる理由&quot;&gt;粗さを感じる理由&lt;/a&gt;    &lt;ul&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#設定に無理がある&quot; id=&quot;markdown-toc-設定に無理がある&quot;&gt;設定に無理がある&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#タイムトラベルの扱い&quot; id=&quot;markdown-toc-タイムトラベルの扱い&quot;&gt;タイムトラベルの扱い&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#ディックらしい深みの欠如&quot; id=&quot;markdown-toc-ディックらしい深みの欠如&quot;&gt;ディックらしい深みの欠如&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#その他気になった点&quot; id=&quot;markdown-toc-その他気になった点&quot;&gt;その他気になった点&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
    &lt;/ul&gt;
  &lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#まとめ&quot; id=&quot;markdown-toc-まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;h2 id=&quot;ここからディック読み始めるのはおすすめしない&quot;&gt;ここからディック読み始めるのはおすすめしない&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;結論からいうと、この『未来医師』からディックの作品を読み始めるのはおすすめしません。『未来医師』はディックのキャリアの初期に位置づけられる作品です。私はディックの作品は『ユービック』と『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んだことがありますが、その二つに比べて粗さが目立ちます。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;粗さを感じる理由&quot;&gt;粗さを感じる理由&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;読み進める中で、特に気になった点をいくつか挙げます。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;設定に無理がある&quot;&gt;設定に無理がある&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;物語は、医療行為が犯罪とされる未来社会と、過去からそこに放り込まれた医師という、価値観の逆転を軸に展開します。この着想自体はディックらしく刺激的ですが、読み進めるうちに気になる点がいくつも出てきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まず、設定自体があまり現実味がありません。原書が刊行された1960年当時は人口問題が強く意識されていた時代であり、延命行為が否定的に扱われる社会にも、当時なりの現実味はあったのかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかしそれでも、短命な人々だけで文明や文化をどう維持するのか、人間の生存本能とどう折り合いをつけるのかといった問題が気になります。作中では、そうした点がほとんど語られません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;現実味はあまりないのに、この設定を採用にしたのは何か意味があるのだろうかと読み進めていると、今度はパルプSF的なタイムトラベルの展開が前面に出てきます。さらに、設定上はあまり存在しないはずの高齢者も登場しはじめ、結果として「この設定は物語にどれほど必然性があったのか」という疑問が強まります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このように、設定と後半の展開との結びつきが弱く、結果として冗長に感じられる部分が少なくありません。実は本作は『時の手駒』という短編を引き延ばして長編化された作品だそうです。冗長さを感じるのはそのせいかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;タイムトラベルの扱い&quot;&gt;タイムトラベルの扱い&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;タイムトラベルをめぐる構成にも疑問が残ります。タイムマシンが比較的気軽に使える設定である以上、ある原因を修正しても、敵対勢力が再びそれを改変する、というやり取りが延々と続く可能性があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この点について作中で十分に整理されているとは言い難く、展開がやや強引に感じられる場面もありました。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;ディックらしい深みの欠如&quot;&gt;ディックらしい深みの欠如&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;ディック自身の文体や描写力についても、本作では弱点が目立つ印象を受けました。ディックはもともと、描写の巧みさよりも、背後にある哲学や「現実とは何か」という問いで読ませる作家だと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし『未来医師』では、そうした思想的な背景があまり感じられず、アイデアだけが先行しているように感じられました。結果的に、安っぽいパルプSF的な描写ばかりが印象に残りました。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;その他気になった点&quot;&gt;その他気になった点&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;それ以外にも、真空の宇宙で銃声が鳴り響いたり、敵対勢力が何を目的としているか曖昧だったり、急に恋愛要素が入ってきたり、と気になることがたくさんあります。「昔のパルプSFだから」と割り切らないと、読むのがややつらく感じられる部分もありました。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;総合的に見ると、『未来医師』はディックのファンが、彼の初期作品を確認する目的で読むのであれば、十分に意義のある一冊だと思います。ただし、これからディックの作品を読み始める方に、最初の一冊としてはおすすめできません。ディックの魅力を味わうには、もう少し後期の作品から入ったほうがよいと思います。&lt;/p&gt;

</description>
        <pubDate>Fri, 19 Dec 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2025/12/19/miraiishi.html</link>
        <guid isPermaLink="true">https://book.njf.jp//2025/12/19/miraiishi.html</guid>
        
        <category>SF</category>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>『ゲド戦記2 こわれた腕環』翻訳に去勢された物語</title>
        <description>&lt;p&gt;『ゲド戦記2 こわれた腕環』の翻訳の問題点について紹介しています。
&lt;!--more--&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一般的な作品紹介や感想などは、すでに多く存在しているため、この記事では扱いません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;物語のネタバレが含まれます。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;翻訳はハードカバー第36刷、原書はKindle版を利用しています。また翻訳は文庫版第一刷、ソフトカバー版第一刷でも同じ問題があることを確認しています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/4p2a0YZ&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/81603hvp3YL._SY466_.jpg&quot; alt=&quot;アーシュラ・K．ル＝グウィン (著), 清水 真砂子 (著)「こわれた腕環 ゲド戦記 (岩波少年文庫)」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;table&gt;
  &lt;tbody&gt;
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    &lt;/tr&gt;
  &lt;/tbody&gt;
&lt;/table&gt;

&lt;h2 id=&quot;目次&quot;&gt;目次&lt;/h2&gt;

&lt;ul id=&quot;markdown-toc&quot;&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#目次&quot; id=&quot;markdown-toc-目次&quot;&gt;目次&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#消されたeunuch宦官&quot; id=&quot;markdown-toc-消されたeunuch宦官&quot;&gt;消された「Eunuch（宦官）」&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#去勢されたことによる物語への影響&quot; id=&quot;markdown-toc-去勢されたことによる物語への影響&quot;&gt;「去勢された」ことによる物語への影響&lt;/a&gt;    &lt;ul&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#基本的な設定の崩壊&quot; id=&quot;markdown-toc-基本的な設定の崩壊&quot;&gt;基本的な設定の崩壊&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#マナンのキャラクター&quot; id=&quot;markdown-toc-マナンのキャラクター&quot;&gt;マナンのキャラクター&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#ほかのキャラクターへの影響&quot; id=&quot;markdown-toc-ほかのキャラクターへの影響&quot;&gt;ほかのキャラクターへの影響&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#作者の意図&quot; id=&quot;markdown-toc-作者の意図&quot;&gt;作者の意図&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
    &lt;/ul&gt;
  &lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#なぜ翻訳で去勢されたのか&quot; id=&quot;markdown-toc-なぜ翻訳で去勢されたのか&quot;&gt;なぜ翻訳で「去勢」されたのか&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#まとめ&quot; id=&quot;markdown-toc-まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;h2 id=&quot;消されたeunuch宦官&quot;&gt;消された「Eunuch（宦官）」&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;『こわれた腕環』の翻訳がおかしいことに気づいたのは、しばらく前に英語の学習用に児童文学の原書を何冊か読んでいたときのことでした。そのころ原書で読んだときには、自分の解釈が正しいかどうか確かめるために、日本語訳を参考にすることがときどきありました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのなかに『こわれた腕環』も含まれていたのですが、どう考えても翻訳がおかしい部分があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それは、原書の文章にはある「Eunuch(宦官)」が日本語訳にはどこにも見あたらないことです。最初は見落としかと思いましたが、読み進めても必ず「宦官」という言葉が無視されるか、「付き人」など別の語に置き換えられていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、「宦官」という設定そのものが意図的に取り除かれ、性的な要素を排した形に翻案されているわけです。ある種、物語そのものが「去勢されている」形になってしまっているのです。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;去勢されたことによる物語への影響&quot;&gt;「去勢された」ことによる物語への影響&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;「宦官」という言葉が消されたことで、物語にどんな影響があったか、そして何が問題となるのかを私なりにまとめました。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;基本的な設定の崩壊&quot;&gt;基本的な設定の崩壊&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;宦官という語が取り除かれると、物語の根幹にある「男子禁制」という設定そのものが揺らいでしまいます。主人公が出入りする墓所は、男性の立ち入りを厳しく禁じた空間であり、そこへ男性であるゲドが踏み入れてしまうことが、この物語の大枠を形づくる前提となっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが、付き人たちが宦官であることが読み取れなくなると、男子禁制の場であるはずの墓所の内部を、どう見ても女性とは思えない人物たちが歩き回っているように読めてしまいます。読者、とくに児童であればなおさら、「男性は入れないのでは」「付き人は許されているのに、なぜゲドは拒まれるのか」といった疑問を抱くはずです。結果的に物語に入り込みづらくなり、また、ゲドがタブーを犯した意味も薄れてしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;マナンのキャラクター&quot;&gt;マナンのキャラクター&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;マナンという人物像についても、重要な点が曖昧になってしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まず、マナンの外見と声の描写は、むいたじゃがいものような(つまりヒゲがなくふっくらした)顔、女声ではないのに高めの声をしています。これらは宦官の身体的特徴と一致しており、作者が意図的にキャラクターを作り込んだと考えられます。しかし、宦官という前提が読み取れなくなると、これらの特徴は意味を失います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、マナンの行動には一見すると矛盾があるように思えます。主人公に寄り添うような温かさを見せたかと思えば、物語の終盤では墓所を出ようとする主人公を力づくで引き留めようとします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、マナンを宦官とした上で読むなら、その行動は容易に理解できます。マナンは子を持つことができないため、主人公をわが子のように扱う、母性的な慈愛と父性的な支配欲の双方を秘めた人物と解釈できるでしょう。包み込むような優しさは母性として、主人公を手元に留めようとするのは父性として理解できるわけです。こうした二重性は、宦官であるという設定があってこそ自然に読み解けるものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;宦官という語が伏せられた翻訳では、こうした背景にたどり着くのはほぼ不可能でしょう。結果としてマナンは一貫性のない、捉えどころのない人物に見えてしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;ほかのキャラクターへの影響&quot;&gt;ほかのキャラクターへの影響&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;ほかの登場人物がマナンに向ける言葉や態度にも、「相手が宦官である」と理解しているかどうかで、意味が変わる箇所があります。ただし、これは上で説明した2つの場合に比べると間接的で翻訳の仕方によっても変わる部分です。しかし、物語の印象に確かに影響があるので触れておきたいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私がとりわけ気になったのは、物語序盤で主人公がマナンのことを「bellwether」と呼ぶ部分です。これは日本語訳では「鈴つき羊」とされています。「bellwether」は「bell(鈴や鐘)」と「wether(雄の羊)」の複合語なので、こう訳しても間違いではありません。しかし、より厳密には「wether」は「去勢された雄の羊」を指します。去勢された羊は大人しいため、鈴を付けて群れを率いる役目を与えられるわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり主人公は、宦官であるマナンを去勢された家畜になぞらえていることになります。これはかなり辛辣な皮肉です。そのため、前半の主人公のマナンに対する言葉の中でも特に印象に残ります。これが普通の人に対する言葉であれば、多少さげすんでいるニュアンスがあるものの、そこまで酷い印象は与えないでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『こわれた腕環』は、特殊で閉鎖的な環境で育ち、外の世界を知らずにひねくれてしまった主人公が、ゲドに出会って自分で見て考えることを知り、外へと旅立つという、いわゆる主人公の成長物語です。そのため、最初の段階では主人公の未熟さや偏った性格を強調した方が、最後の変化が際立ち、主人公がより大きく成長したという印象が与えられます。「bellwether」という言葉は、一言でその目的を実現しています。これは作者の文才の豊かさを表している部分でしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが、日本語訳ではそもそもマナンが宦官であることが伏せられているため、ただの凡庸な悪口になってしまっています。とはいえ、これは注釈でも付けない限り、細かなニュアンスまで表現するような翻訳は難しい部分でしょう。無理に訳そうとすると「タマ無しの鈴付き羊」といった品のない表現になってしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;作者の意図&quot;&gt;作者の意図&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;ほかの作品からの類推で、「宦官」というキャラクター性は、おそらく作者にとって思い入れのあるものであったと考えられます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というのも『こわれた腕環』の2年前、1969年に、ル＝グウィンは『闇の左手』という両性具有の社会を描いたSF作品を発表しているからです。『闇の左手』はネビュラ賞、ヒューゴー賞を受賞しており、SF史に残る傑作と高く評価されています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『闇の左手』では、男性の主人公と両性具有のパートナーとの、友情や愛情を統合し超越したような交流が描かれます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その一方で、『こわれた腕環』には父性と母性の両方を体現するマナンが登場します。こうした経緯を踏まえると、宦官という設定は、作者がジェンダーという主題を『闇の左手』とは別の角度から表現するために与えた性質だったのではないかと考えられます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、日本語訳ではその「宦官」という要素が消されてしまったため、作者の意図も同時に消されてしまいました。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;なぜ翻訳で去勢されたのか&quot;&gt;なぜ翻訳で「去勢」されたのか&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;なぜ「Eunuch(宦官)」という言葉が取り除かれたのか、翻訳者がすでに説明しているのか、それとも今後説明するのかもしれません。しかし、今のところそういった情報を目にしないので、自分で考えてみるしかないようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;おそらく、その理由は、時代や社会、そして商業的な物でしょう。この翻訳が出版されたのは1970年代半ばです。まだジェンダー的な議論があまり活発ではなかった時代です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、日本では児童向けと大人向けの中間的なジャンルに当たる「&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%AB%E3%83%88#%E6%96%87%E5%AD%A6%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%AB%E3%83%88&quot;&gt;ヤングアダルト&lt;/a&gt;」という分野があまり発展してこなかった経緯があります。そのため、ゲド戦記のような物語も「児童書」という分類で流通することになります。そうした枠組みでは、「宦官」という語を避けざるをえなかったのかもしれません。「宦官とはなにか」「どうして男子禁制の場所でも入れるのか」を理解してもらうには性的なことを説明するしかないからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;宦官という言葉の削除により、作品の構造が歪められてしまったのは確かですが、商業的な成功につながったことも否定できません。児童書として学校などの図書館に置かれることで、知名度が格段に上がったからです。作者はほかにも多くの作品を残し代表作も複数あるにもかかわらず、日本では『ゲド戦記』が突出して知られているのも、こうした事情が一因でしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それゆえ、この変更が作品に対してマイナスにばかりなったと断ずることはできません。また、現在の価値観で過去の行為を裁くようなことは謹むべきでしょう。未来の評価は誰にも予見できません。それぞれの時代で関わった人々が最善と考える判断を積み重ねてきただけです。それに後世の価値観を当てはめるのは、あまり意味のある態度ではないでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに、かなり後で出版された続編ではマナンが宦官であるという記載があるようです。にもかかわらず、なぜ『こわれた腕環』では取り除かれたままの訳が採用されているのかはわかりません。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;『こわれた腕環』から「宦官」という語が取り除かれているため、すでに読んだ人の中には、どこか違和感を覚えた方もいたかもしれません。名作だから自分の読み方が間違っているのでは、と感じた人もいるでしょう。しかし、その感覚はむしろ正しく、男子禁制の場所に付き人が普通に出入りしている状況を不自然に思わない方がおかしいです。ほかにも、この変更によって物語構造そのものが歪んでしまっている箇所があるので、それらが違和感の原因かもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;作者の意図が損なわれていない形で物語を読むには、英語版の原書を読むのが最も確実です。ただし、英語は難しいと感じる人も多いでしょう。その場合は、マナンたちが本来「宦官」として描かれているということを踏まえたうえで、日本語訳の『こわれた腕環』を読み返してみてください。そうすれば、より物語を深く理解できると思います。&lt;/p&gt;

</description>
        <pubDate>Fri, 28 Nov 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2025/11/28/gedosenki_kowaretaudewa.html</link>
        <guid isPermaLink="true">https://book.njf.jp//2025/11/28/gedosenki_kowaretaudewa.html</guid>
        
        <category>名作</category>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>『異邦人』を不条理と実存主義から読み解く：「太陽がまぶしかった」とは</title>
        <description>&lt;p&gt;カミュ「異邦人」の解説と感想です。特に「不条理」や「実存主義」などの視点から、私なりの解釈を紹介しています。
&lt;!--more--&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;物語のあらすじや結論などのネタバレが含まれます。&lt;/strong&gt;
また、解説は一般的に正しいかどうかはわかりません。
読んだのは窪田啓作訳の新潮文庫のものです。&lt;/p&gt;

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  &lt;/tbody&gt;
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&lt;h2 id=&quot;目次&quot;&gt;目次&lt;/h2&gt;

&lt;ul id=&quot;markdown-toc&quot;&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#目次&quot; id=&quot;markdown-toc-目次&quot;&gt;目次&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#カミュ異邦人について&quot; id=&quot;markdown-toc-カミュ異邦人について&quot;&gt;カミュ『異邦人』について&lt;/a&gt;    &lt;ul&gt;
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    &lt;/ul&gt;
  &lt;/li&gt;
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      &lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#結末部分の解説&quot; id=&quot;markdown-toc-結末部分の解説&quot;&gt;結末部分の解説&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
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          &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#実存主義のその後-構造主義とポスト構造主義&quot; id=&quot;markdown-toc-実存主義のその後-構造主義とポスト構造主義&quot;&gt;実存主義のその後: 構造主義とポスト構造主義&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
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        &lt;/ul&gt;
      &lt;/li&gt;
      &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#現代の日本人として異邦人を見てみる&quot; id=&quot;markdown-toc-現代の日本人として異邦人を見てみる&quot;&gt;現代の日本人として異邦人を見てみる&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
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          &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#なぜこの動機が必要なのか&quot; id=&quot;markdown-toc-なぜこの動機が必要なのか&quot;&gt;なぜこの動機が必要なのか&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
          &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#共感は価値観の一つに過ぎない&quot; id=&quot;markdown-toc-共感は価値観の一つに過ぎない&quot;&gt;「共感」は価値観の一つに過ぎない&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
        &lt;/ul&gt;
      &lt;/li&gt;
    &lt;/ul&gt;
  &lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#まとめ&quot; id=&quot;markdown-toc-まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;h2 id=&quot;カミュ異邦人について&quot;&gt;カミュ『異邦人』について&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;まずはカミュの「異邦人」についてまとめておきましょう。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;作品の概要&quot;&gt;作品の概要&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;「異邦人」はフランスの作家アルベール・カミュが1942年に発表した小説です。
カミュの代表作であるだけでなく、20世紀の実存主義文学や不条理文学の代表作と位置づけられています。
カミュがノーベル文学賞を受賞したのも、この作品の存在が大きかったと考えられています。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;あらすじ&quot;&gt;あらすじ&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;物語は主人公ムルソーの母の死から始まります。
彼は葬儀の場でも涙を見せず、悲しむ様子を示さないまま日常へ戻り、社会の常識や一般的な感情に無関心な姿が描かれます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やがてムルソーは、些細な口論の末にアラブ人を射殺してしまいます。
裁判では、その行為そのものよりも、彼の無感情や社会規範から逸脱した態度が問題視され、死刑判決が下されます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;死を目前にしたムルソーは、世界の「無関心」を受け入れ、自らの人生に意味と幸福を見出し、その結果としての死刑を待ちわびます。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;作者アルベールカミュ&quot;&gt;作者:アルベール・カミュ&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;アルベール・カミュ（1913-1960）は、不条理の哲学を追求したフランスの作家・思想家です。人間存在の不条理をテーマとしつつ、それに対する反抗や連帯の価値を説きました。代表作は『異邦人』や『ペスト』。1957年にノーベル文学賞を受賞し、20世紀の文学と思想に大きな影響を与えました。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;解説&quot;&gt;解説&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;以下には物語の核心部分が含まれます。ネタバレされたくない人や自分なりの解釈を大事にしたい人は、読まないように注意してください。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;異邦人の不条理とは&quot;&gt;『異邦人』の不条理とは&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;『異邦人』を読んで最初に戸惑うのは、「不条理」とは何なのか、という点ではないでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この作品は「不条理文学」の代表作として知られています。同じく不条理小説の代表に、カフカの『変身』があります。『変身』では主人公が突然虫になってしまうという出来事が起こるため、その「不条理さ」は直感的に理解しやすいでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それに対して、『異邦人』の不条理はもっと抽象的で、つかみどころのないものです。そこで、ここでは『異邦人』に描かれた不条理のうち、特に重要な要素を取り上げて考えてみたいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;h4 id=&quot;不条理1--母の死への態度&quot;&gt;不条理1 : 母の死への態度&lt;/h4&gt;

&lt;p&gt;ムルソーが母の死後も普段どおりの生活を続けたことは、『異邦人』における不条理の一つとしてよく挙げられます。現代の感覚からすると、「感情表現が不器用なだけでは」と思ってしまうかもしれません。しかし、そうではありません。ムルソーはただ、自分の感じたままに行動しているだけで、「本当は悲しんでいるけれど、それを表に出せない」といった描写はどこにもありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここで重要なのは、「自分が実際に感じている感情」と「社会が期待する感情表現」との間にずれがあるということです。つまり、実際には悲しんではいなくても、悲しんでいると演技した方が社会的には受け入れられるという、偽善的なシステムが不条理、ということです。このことは、物語後半の裁判の場面でさらに明確になります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、ムルソーは「母の死」が「悲しむべきこと」という、社会からの意味の押しつけを拒み、本来は意味のない世界をあるがままに受け入れているとも考えられます。これは、物語の最後でムルソーが世界の「やさしい無関心」を受け入れる場面へとつながっていきます。&lt;/p&gt;

&lt;h4 id=&quot;不条理2--太陽がまぶしかったからという動機&quot;&gt;不条理2 : 「太陽がまぶしかった」からという動機&lt;/h4&gt;

&lt;p&gt;「太陽がまぶしかったから殺した」というのは、『異邦人』の中でも特に印象的な不条理のひとつです。にもかかわらず、作中ではその背景や理由について、ほとんど説明されません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これは、たとえば同じく不条理小説の名作、カフカの『変身』で、主人公が芋虫になったのと同種の、物語の「設定」の一つのようなものだと私は考えています。そのため、背後に特別な理由を考える必要はないという立場をとります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただし、もし太陽がまぶしくなかったら、ムルソーは殺人を犯していなかったでしょう。そのため、この動機は、世界が偶然の積み重ねでしかないこと、つまり合理的な因果関係では説明できない現実を象徴していると言えるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この動機については、あとでより詳しく私なりの解釈を紹介します。&lt;/p&gt;

&lt;h4 id=&quot;不条理3--欺瞞に満ちた裁判&quot;&gt;不条理3 : 欺瞞に満ちた裁判&lt;/h4&gt;

&lt;p&gt;『異邦人』のあらすじなどでは、殺人の罪に対する罰であるのに、普段の素行などが問題とされ、死刑となる部分がよく取りあげられます。そのため、読む前は「本来の罪とは別の部分で裁かれる」ことが「不条理」なのかと思っていましたが、そう単純ではなさそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそも、人を殺しているのにその理由が理解しがたく、反省している様子もない人物が、すぐに社会に出きたら問題でしょう。ニュースなどでも、「犯罪の動機」や「反省の有無」や「再犯の可能性」などが量刑に影響しているのをよく見かけます。死刑が妥当かどうかまではわかりませんが、ある程度罪が重くなるのは自然なことです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのため、「本来の罪とは別の部分で裁かれる」ということを単純に不条理とするのは無理があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;では、カミュの意図する「不条理」は、何なのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;作中の裁判では「反省しているかどうか」が罪の軽重を変えるのではなく、実際には「反省しているように演じること」が罪の軽重を決めることが暗示されています。つまり、素直に自分の気持ちを証言するより、反省しているふりをしてずる賢く立ち回った方が得なわけです。これは、裁判本来の主旨から大きく外れています。その部分が「不条理」とされているのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;獄中のムルソーの元を訪れた司祭は、ムルソーに対して懺悔を促します。宗教的な情熱からの行為なのでしょうが、ともすれば、真の反省はともかく、「罪を軽くしたければ懺悔しよう」と諭しているかのようにも見えます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに裁判の場面では、証人達はムルソーに対して中立的か同情的な人も登場します。対して検事は、ムルソーが社会規範から逸脱した悪人だと糾弾します。証人達に比べると、言動などが大げさで芝居がかっており「正義を演じている」といった印象を受けます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういった描写から、読者は「ムルソーも反省した演技をすればいいのに」と思ってしまいます。つまり、私たちは無意識のうちに「演じることが得になる社会の不条理」を受け入れてしまっている。そこにこそ、カミュが描いた本当の不条理があるのだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;h4 id=&quot;不条理4--世界と自分の間のギャップ&quot;&gt;不条理4 : 世界と自分の間のギャップ&lt;/h4&gt;

&lt;p&gt;死刑を待つ獄中で、ムルソーは自分や他人の生死の意味について考えます。彼はやがて、他人の生死は自分には意味がなく、自分の生死も他人には意味がないことに気づきます。世界は、自分に何の意味も与えず、ただ無関心に存在しているのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人間は生きる上で「意味」や「目的」を求めます。しかし、偶然の積み重ねでしかない世界は、それに応えてはくれません。それでも死だけは平等に訪れます。母の死も、アラブ人と出会ったことも、太陽がまぶしかったことも、すべて偶然の出来事です。ムルソーはその瞬間ごとに感じるままに行動してきました。そして、その結果として死刑に至ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;現実の世界でも、物事は人間の意志とは関係なく起こり、結果がもたらされます。宗教が説くように、信仰によって神が救ってくれることもありません。それは人間が望んで作り上げたシステムに過ぎないのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人が求める「意味」と、世界が与えるものとの間にあるこのギャップこそが、『異邦人』が問いかける最も重要な不条理だと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この不条理は、一読しただけでは理解しにくいかもしれません。私も最初は「わかったような、そうでもないような」という感覚でした。調べていくうちに、カミュの『シーシュポスの神話』を読むと理解しやすいと知り、実際に読んでみました。冒頭でまさにこのようなテーマが語られています。『異邦人』だけで言葉にして説明できるぐらい理解するのは、少し難しいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;結末部分の解説&quot;&gt;結末部分の解説&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;結末部分、ムルソーと司祭が言い争うぐらいの内容も理解しにくい気がするので、私なりの解釈を解説しておきましょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結末部分では、獄中のムルソーを司祭が訪問します。司祭は、たとえ死刑囚であっても、信仰を通じて人生の意味や目的を見いだせると語りかけます。しかし、ムルソーは拒絶し、怒鳴り散らして司祭を追い返してしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;宗教は、人間が作り出した「生きる意味を与えてくれるシステム」です。信仰すれば神様が救ってくれます。人間の行動(信仰)に意味を与えてくれます。死後の世界まで用意して至れり尽くせりです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、裁判の場面で明らかになったように、改心した演技をするだけで欺けてしまう、脆弱なシステムに過ぎません。ムルソーが激昂した理由は、そのようなシステムによる偽りの希望(死後の世界・宗教による救済)を押しつけられたためでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ムルソーが悟ったのは、世界は人間に対して無関心だということです。宗教のように、人に意味や目的を押しつけることはありません。ムルソーがどれだけ特異な「異邦人」であったとしても、受け入れてくれます。検事や司祭のように断罪したり憐れんだりしません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ムルソーは、他者から与えられる意味を拒み、自分の感じるままに生きてきました。社会はそれを理解せず、彼を裁きましたが、無関心な世界だけが彼をそのまま受け入れます。彼はそのことに気づき、それを「やさしい無関心」と呼ぶのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このとき、ムルソーは世界と調和します。誰かの期待に応えるためではなく、自分の感じた真実のままに生き、それが世界に受け入れられたことに幸福を見いだすのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして罵声を浴びて処刑されることを、むしろ「望み」だと考えます。それは彼が自分の真実を偽らずに生き、社会の欺瞞と決別し、世界と調和した誇るべき結果だからです。また、「死刑は不名誉なこと」といった世間の与える意味も否定し、自分なりの意味を与えたとも考えられるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;実存主義やほかの思想との関係&quot;&gt;「実存主義」やほかの思想との関係&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;『異邦人』は「不条理文学」と並んで、「実存在主義文学」の代表作とも言われます。「不条理」についてはすでに解説したので、ここでは作品の背景にある「実存主義」や、それに続く哲学思想を簡単に整理してみましょう。&lt;/p&gt;

&lt;h4 id=&quot;実存主義と異邦人&quot;&gt;実存主義と『異邦人』&lt;/h4&gt;

&lt;p&gt;実存主義は、「(人間は)まず存在し、そこから本質(生きる意味など)は形作られる」という哲学思想です。19世紀末ぐらいにはその源流とされる考え方が存在していました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;キリスト教などの視点で考えると、人間は神が作ったのですから、作ったからには何か意味があると考えるのが普通です。つまり、「意味や目的がまず存在し、そのために人間が生まれた」と考えます。それに対して実存主義は、「意味や目的が先にある」のではなく、「人が生まれて、そこから自分で意味を見つけていく」と逆の立場をとります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;20世紀半ばになると、ヨーロッパは2度の世界大戦を経験し、膨大な死者を目の当たりにします。宗教はもはや人々を救えず、科学や政治思想も戦争の道具となっていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;希望を失った人々にとって、「人は何のために生きるのか」という問いは、より切実なものになっていきました。そんな時代に、「他人の価値観ではなく、自分の感覚や考えに従って生きる」という実存主義の考え方が広がっていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ムルソーのように、自分の感じたことをそのまま受け止める人物像は、まさにその時代の空気を体現していたのです。だからこそ、『異邦人』は多くの人の心をとらえ、高く評価されたのでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;h4 id=&quot;実存主義のその後-構造主義とポスト構造主義&quot;&gt;実存主義のその後: 構造主義とポスト構造主義&lt;/h4&gt;

&lt;p&gt;実存主義のあとには、「構造主義」や「ポスト構造主義」といった新しい考え方が登場しました。現在では、実存主義よりもこちらのほうが主流です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;構造主義は、人間の行動は言語や社会、文化などの構造が決めるという思想です。1950〜60年代ごろに言語学や社会人類学などの研究から生まれました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実存主義で重視された人間の自由や主体性よりも、人を取り巻く社会や文化などの構造を重視します。つまり、人間は自分の意志で行動しているようでいて、実は社会のルールや文化的背景に大きく左右されている、という見方です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ポスト構造主義は、1960～1970年ごろに生まれた、構造主義を発展させて生まれた思想の総称です。「真理」「構造」なども不変ではなく、流動的、相対的なものと考えます。&lt;/p&gt;

&lt;h4 id=&quot;3つの主義をまとめると&quot;&gt;3つの主義をまとめると&lt;/h4&gt;

&lt;p&gt;これらの思想を個人の経験のレベルに落とし込んでまとめると、次のようになるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;ol class=&quot;articlelist&quot;&gt;
  &lt;li&gt;何をしていいのか分からず、インドに自分を探しに行っていたのが(実存主義)&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;自分など見つからないので、社会との関係性の中に自分があるのではと思い始め(構造主義)&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;その社会も意外と流動的で頼りにならず、つねに立ち位置を確認するためにSNSを見続ける(ポスト構造主義)。&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;

&lt;p&gt;もちろん、これは複雑で適用範囲も広い思想を、個人レベルにのみ限定にして簡単にしており、本来の姿とは大きく異なっています。しかし、この記事のあとの議論では、この程度の認識で十分です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;現在では、多くの人が知らず知らずのうちにポスト構造主義的な感覚を持っているかもしれません。
「価値観は人それぞれ」「どれも正解」という考え方は、この流れに近いものです。一方で、実存主義のように「自分はどう生きるべきか」と個人の内面に踏み込む思想は、やや少数派になっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただし、実存主義はいまでは価値がないというわけではありません。そもそも、実存主義は「生きる意味をどう見出すか」ということを突き詰めた結果生まれた思想です。一方、構造主義は言語学や文化人類学といった分野で、「社会がどうなっているか」を学問的に研究した結果生まれています。つまり、出発点がまったく違うのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;構造主義やポスト構造主義的な考え方の方が、社会との軋轢が少なくて「楽に」生きられるかもしれません。しかし、「幸せに」生きられるかどうかは別問題です。そのため、どれが優れているか、といった評価はあまり意味がありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;/assets/img/ihoujin/philosophy.png&quot; alt=&quot;実存主義・構造主義・ポスト構造主義&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;現代の日本人として異邦人を見てみる&quot;&gt;現代の日本人として異邦人を見てみる&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;実存主義という立場は脇に置いて、ポスト構造主義の時代に生きる、今の日本人の感覚から『異邦人』を見てみたいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いまの時代、「自分」というものは昔ほどはっきりした形を持っていないように感じます。たとえば、気に入った音楽やゲーム、アイドル、食べ物、ファッションなどは次々と入れ替わり、たいてい一年も経たずに飽きてしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;場面ごとに自分を演じ分けるのも当たり前になっています。SNSで不用意なことを書けば炎上しますし、職場での言葉ひとつでハラスメントと受け取られることもあります。周りの空気を読まず、自分の考えだけを押し通すのは、かなり難しい時代です。しかも、その「周りのルール」自体もどんどん変わっていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに、人間に近いことができるAIが登場し、そこからの類推で人間に何か普遍性のあるものが存在するという考えが、幻想に過ぎないのではないかという思いが強くなってきています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;AIはアルゴリズムにデータを与えれば、あたかも人間のように行動し、与えるデータによって行動は変わります。では、人間も状況によって行動を変える機械的なものに過ぎないのでは、と考えるのは自然でしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、人間には核となるような「自分」といったものはなく、常に揺らいでいるのを否が応でも感じざるを得ないわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした中で、「自分の感じたままに生きる」ムルソーの姿勢は、今の私たちには少し遠いものに感じられます。そもそも、その「自分」自体が不安定で、まわりの影響の中で形作られています。それに従ったところで、結局まわりに合わせているのと大して変わらないのでは、と考えてしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、『異邦人』が書かれたころに比べれば、現在の日本は平和です。少なくとも「生きていればそのうちいいこともある」という言葉を無邪気に信じられる程度には平和です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな時代に生きている私たちにとって、自分の信念を貫いて死刑を受け入れるムルソーの姿は、世界大戦により、いつ死ぬともしれない時代を生きた当時の読者よりも、理解しにくくなっていると思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ、『異邦人』がまったく理解できないというわけではありません。まわりに合わせて自分を変えていくうちに、「自分がなくなっていくような気がする」と感じたことのある人は多いと思います。自分の中に何もないのではないか、という虚しさを覚えることもあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんなとき、ムルソーのように「感じたままに生きる」姿には、どこか憧れのような気持ちを抱きます。発表された当時と同じ受け取り方はできなくても、『異邦人』が持つ価値や問いかけは、今の時代にも確かに通じるものがあるのだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;h3 id=&quot;太陽がまぶしい-共感を拒む動機&quot;&gt;「太陽がまぶしい」: 共感を拒む動機&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;「太陽がまぶしかったから」という殺人の動機がどうにも理解しがたく、最初のうちはあまり話に入り込めないと思っていました。しかし、文学的には非常に高く評価されている部分でもあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこで、この部分がどう価値があるのか自分なりに考えました。その考察を持ってこの記事を締めくくりたいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;h4 id=&quot;なぜこの動機が必要なのか&quot;&gt;なぜこの動機が必要なのか&lt;/h4&gt;

&lt;p&gt;「太陽がまぶしかったから」という殺人の動機がどういった役割を果たしているか考えるために、より理解しやすい「そうしないと家族が殺されるから」としましょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;すると、その場合、死刑を受け入れた理由は家族を守るためです。「自分で感じた真実に従う」というものではなくなってしまい、カミュが言いたかったことが全く伝わりません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、読者の共感を拒んでいるからこそ、自分の感覚を最後まで信じて処刑までされてしまう、という結末が、より明確なメッセージ性を持つのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに、この共感を拒む動機によって、『異邦人』は時代を問わない普遍性を勝ち得ています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『異邦人』が公開されて70年以上経って、ある程度の多様性を認めるのが普通になりつつあります。しかし、現在でも、この動機は一般的には受け入れられません。「太陽がまぶしかった」から殺人を犯すことは、おそらく今後も広く受け入れられる日はこないでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もし、「太陽がまぶしかった」から殺人を犯す、という部分を除けば、ムルソーは、&lt;/p&gt;

&lt;ul class=&quot;articlelist&quot;&gt;
  &lt;li&gt;感情表現が下手&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;少し変わったこだわりがある&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;情が少し薄め&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;要領が悪い&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;といった、少し風変わりな人物で片づけられることもできたしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、「太陽がまぶしかった」という動機は、このような凡庸な解釈を完全に拒んでいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、共感を拒むこの動機こそが、ムルソーを未来永劫にわたって孤独な「異邦人」にしているのです。&lt;/p&gt;

&lt;h4 id=&quot;共感は価値観の一つに過ぎない&quot;&gt;「共感」は価値観の一つに過ぎない&lt;/h4&gt;

&lt;p&gt;共感しやすい物語が理解しやすく人気を獲得しやすいのは確かです。しかし、共感というのは価値基準の一つに過ぎません。たとえば論理性、構成の妙、美しい表現、発想力、思想など文学を評価する基準はほかにいくらでもあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;共感が評価されやすいのは、同じ感情を持ったことがあるので理解しやすく、それゆえ比較的多くの人の心に響き、商業的に成功しやすい、というのが大きいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、共感は文学における重要な価値観の一つです。しかし、共感の偏重は弊害を引き起こします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;生や死といった普遍的なテーマ以外で、共感しやすいのは同じ文化や性別、年齢、共通の体験などがある場合です。共感を重視しすぎると、そういったものが登場する物語ばかり読むようになり、読書体験が狭まってしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それでも、読書だけであれば問題は少ないでしょう。しかし、実生活でも共感を得やすい狭いコミュニティに閉じこもるようになり、異なる文化を排斥するようになると、世界がどんどん狭まります。そして、共感の偏重はそれらのコミュニティ間の分断と衝突を生みます。そういった分断と衝突が、最終的に人を殺していることは、ニュースなどでよくご存じのことでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「共感できないから価値がない」ではなく、「共感できないから価値がある」と考えることも重要だと、『異邦人』は教えてくれています。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;カミュの『異邦人』を「不条理」と「実存主義」の視点から解説し、物語の核心のひとつである「太陽がまぶしかった」という動機が、作品にどのような意味をもたらしているのかを考察しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あくまで私なりの解釈なので、どの程度一般的に受け入れられるかはわかりません。ですが、少し理解しにくい『異邦人』という作品を読み解く手助けにはなるのではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;/assets/img/ihoujin/ihoujin.png&quot; alt=&quot;異邦人&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

</description>
        <pubDate>Fri, 31 Oct 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2025/10/31/ihoujin.html</link>
        <guid isPermaLink="true">https://book.njf.jp//2025/10/31/ihoujin.html</guid>
        
        <category>名作</category>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>京極夏彦『狐花 葉不見冥府路行』感想:歌舞伎の舞台に咲く、ヒガンバナの物語</title>
        <description>&lt;p&gt;京極夏彦『狐花 葉不見冥府路行』を読んだ感想やあらすじを紹介します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;⚠: 物語の核心部分はぼかしていますが、多少のネタバレがあります。また、少し批判的な意見も書いています。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/4qISXfQ&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/81gTG+1-c8L._SY466_.jpg&quot; alt=&quot;「狐花 葉不見冥府路行 」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

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&lt;h2 id=&quot;目次&quot;&gt;目次&lt;/h2&gt;

&lt;ul id=&quot;markdown-toc&quot;&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#目次&quot; id=&quot;markdown-toc-目次&quot;&gt;目次&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#あらすじ&quot; id=&quot;markdown-toc-あらすじ&quot;&gt;あらすじ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#読んで良かった部分&quot; id=&quot;markdown-toc-読んで良かった部分&quot;&gt;読んで良かった部分&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#今ひとつな部分&quot; id=&quot;markdown-toc-今ひとつな部分&quot;&gt;今ひとつな部分&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#まとめ&quot; id=&quot;markdown-toc-まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;h2 id=&quot;あらすじ&quot;&gt;あらすじ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;『狐花 葉不見冥府路行』は、ある武家に現れる幽霊と憑きもの落としを題材にした異色のミステリー。歌舞伎の原作として書き下ろされました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;時は江戸。物語の舞台となるのは、悪事によって地位と財を築いた作事奉行・上月監物（こうづき けんもつ）の屋敷。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この屋敷の奥女中であるお葉（およう）は、近頃、頻繁に現れる一人の男の姿に畏れおののき、病に伏せてしまいます。その男の名は萩之介（はぎのすけ）。深紅の彼岸花を染め付けた着物を纏い、身も凍るほど美しい顔をしていますが、彼は「この世に居るはずのない男」――。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;彼の出現をきっかけに、屋敷を覆う因縁と過去の罪が次々と明らかになっていきます。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;読んで良かった部分&quot;&gt;読んで良かった部分&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;『狐花』を読んで良かったのは以下の点です。&lt;/p&gt;

&lt;ol class=&quot;articlelist&quot;&gt;
  &lt;li&gt;百鬼夜行シリーズとのつながりを感じさせる仕掛け&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;「狐花（ヒガンバナ）」をモチーフにした章題の工夫が秀逸&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;ヒガンバナの描写が美しく、物語の悲劇性を深めている&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;登場人物の心情を軸に進む展開で、謎解き要素と情感のバランスが取れている&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;

&lt;p&gt;中禅寺の祖先と思われる人物が登場したり、物語が『絡新婦の理』を思わせるような対話から始まったりと、百鬼夜行シリーズとのつながりを感じられる点が印象的でした。京極夏彦ファンには嬉しい仕掛けが随所に見られました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;タイトルの「狐花」はヒガンバナを指しています。ヒガンバナは別名や地方名が非常に多い花として知られていますが、各章のタイトルにはその別名が巧みにあてられています。限られた選択肢の中から、物語の内容や雰囲気に最もふさわしい名を選ぶセンスは見事で、こうした細やかな構成は読んでいて楽しく感じました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、ヒガンバナそのものの描写も美しく、登場人物たちが破滅へ向かう姿と重なり、悲劇的な物語をより印象的に彩っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに、登場人物それぞれの心情が物語の進行に深く関わっており、謎解きの要素を持ちながらもドライな印象がない、人間味のある展開となっています。京極夏彦らしい独特の空気感を味わえる作品だと思いました。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;今ひとつな部分&quot;&gt;今ひとつな部分&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;歌舞伎の舞台のために書き下ろされた小説であるため、次のようにいくつか気になる点がありました。&lt;/p&gt;

&lt;ol class=&quot;articlelist&quot;&gt;
  &lt;li&gt;話の分量が少ない&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;登場人物が少なめ&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;場面転換が少ない&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;登場人物による説明が多い&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;

&lt;p&gt;物語が短めなのは、上演時間が限られている舞台の性質上、仕方のない部分でしょう。ただ、小説として読むと、大きな物語の一部を抜き出したような印象があり、やや物足りなさを感じます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;登場人物の数は、分量のわりに決して少ないわけではないのですが、途中で退場する人物が多いため、全体としてはこぢんまりとした印象です。舞台上の制約を考えれば、同時に多くの人物を登場させにくいのも理解できます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、場面転換が少なく、回想などの挿入も少なめです。これも、歌舞伎では場面が変わるたびに舞台装置の入れ替えが必要になるため、自然な構成だと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こういった部分を補うためか、登場人物がしばしば状況を説明します。舞台では小説のような「地の文」による補足がないため、台詞で説明を補うのは当然の工夫といえます。ただし、小説として読むと、その説明がやや多く感じられました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば、過去の殺人を登場人物たちが検証する場面がありますが、ほとんど会話だけで進むため、読者が思いつきそうな疑問点をあらかじめ潰していく「確認作業」のようにも見えます。この場面は、回想か何かほかの場面として描いたほうが、臨場感が出たのではないかと思いました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、終盤では因縁話が長く続き、まるで昔の落語や講談のような調子になります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうした構成のためか、どうしても「これは架空の物語である」という意識が強まり、妖艶で美しい場面であっても、やや芝居がかった印象を受けました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もともと歌舞伎の上演を前提に書かれた作品なので、芝居がかって見えること自体は当然なのですが、小説として読むと、どうにも物語に入り込みづらく、「&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E4%BF%A1%E3%81%AE%E5%81%9C%E6%AD%A2&quot;&gt;不信の停止&lt;/a&gt;」が保てないまま読了してしまった、といった印象です。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;全体として、物語はよくまとまっており、特に百鬼夜行シリーズファンにとっては見どころの多い作品です。一方で、京極夏彦の長編に見られるような衒学的な語りや圧倒的な構成力は控えめで、ファン以外にはやや小説としての欠点が目立ってしまうかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それでも、短い中に漂う妖艶さや、ヒガンバナの赤に彩られた美しい悲劇性は印象深く、「京極夏彦の世界を凝縮した歌舞伎的ミステリー」として楽しめる一冊だと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;/assets/img/kitsunebana/kitsunebana.jpg&quot; alt=&quot;ヒガンバナ&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
</description>
        <pubDate>Mon, 27 Oct 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2025/10/27/kitsunebana.html</link>
        <guid isPermaLink="true">https://book.njf.jp//2025/10/27/kitsunebana.html</guid>
        
        <category>小説</category>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>「世界の危険思想 悪いやつらの頭の中」体験談としての重みはあるが、タイトル負けしている本</title>
        <description>&lt;p&gt;丸山ゴンザレス「世界の危険思想 悪いやつらの頭の中」を読んだ感想です。&lt;/p&gt;

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&lt;h2 id=&quot;目次&quot;&gt;目次&lt;/h2&gt;

&lt;ul id=&quot;markdown-toc&quot;&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#目次&quot; id=&quot;markdown-toc-目次&quot;&gt;目次&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#概要&quot; id=&quot;markdown-toc-概要&quot;&gt;概要&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#読んで良かった部分&quot; id=&quot;markdown-toc-読んで良かった部分&quot;&gt;読んで良かった部分&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#今ひとつな部分&quot; id=&quot;markdown-toc-今ひとつな部分&quot;&gt;今ひとつな部分&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#まとめ&quot; id=&quot;markdown-toc-まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;h2 id=&quot;概要&quot;&gt;概要&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;テレビ番組「クレイジージャーニー」などで有名なジャーナリスト、丸山ゴンザレスが今までの取材の中で出会った危険な考え方をする人々のエピソードを集めた本です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;タイトルには「危険思想」とありますが、思想を論じているというより「こんなこと考えてるらしいよ」ぐらいの内容です。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;読んで良かった部分&quot;&gt;読んで良かった部分&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;本の中では、殺し屋、麻薬取引、スラム、非合法取引などの主に海外での取材のエピソードが紹介されていて、普通は触れることのない裏世界についての情報がある程度分かるのは興味深い点でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、本やネットでは得られない、現地での生の情報が含まれているのも、評価できるところでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;例えばロマについて国内でネット検索すると、差別や人権問題に絡めた議論がされている事がほとんどです。
しかし、現地で実際に周りの人がどういう風に捉えているかや、ロマの人たちの中にはどんな人がいるのかといったことについて、解説していることは少ないように思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この本の中では、実際にロマのいる場所に行って周りの人たちの意見なども聞いているため、そういったなかなか触れることのない情報が書いてあるのは参考になります。
人権や差別と言った単純な綺麗事で済むような話ではないというのがよく分かりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こういった部分は、この本を読んで良かったと思えました。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;今ひとつな部分&quot;&gt;今ひとつな部分&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;この本では、新たに何か取材を行ったというわけではなく、過去に取材が行った時の体験談をまとめてあります。
また、エピソード同士のつながりはあまりありません。
そのため、旅行が好きな年配の人が出会った旅行先での危険な体験を、まとまりなく並べただけみたいな読後感でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、危険な場所の取材なので普通の旅行とは違う内容が書いてあります。
文章の体裁などからそういった印象を受けるという意味です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、その断片的なエピソードをなんとかタイトル通り「危険思想」という話にまとめたいのか、説教臭い文章が所々に挟まります。
それがさらに「おじさんの旅行先の昔話」という印象を強めている気がしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その文章もあまり上手いわけではなく、説明や描写なども乏しいです。
以前の出来事なので本人も細かい部分を忘れているのかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、写真はあるのですが、必ずしも文章に直接関係しているわけではなく、しかも黒く潰れて何が映ってるのかわからないものもあるため、情景が思い浮かびにくく内容に入り込めません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;考察も正直なところ貧弱で、社会情勢などを踏まえた説明をしてくれる別の人の解説があった方がよかったかもしれません。
そもそも、どういう社会的バックグラウンドがあるのか必ずしも説明されないので、どうしてそうなったかがわかりません。
結局ネットなどで調べてみないと、この本だけでは完結しないという感じでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;かといって、役に立たないかと言うとそんなことはありません。
上で書いたように、インターネットで検索して調べて出てくるようなこととはまた違う、現地の実際の様子がわかるので新しい知見が得られるのは確かです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、タイトルのような内容を期待していると、肩透かしを食らうことになるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;正直なところ、かなりタイトル負けしていると言わざるを得ない本ですが、ある程度現実の姿が捉えられるという意味では悪くはない本だと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;テレビや他の書籍などで、実際に危険地帯に行っている人だと分かっているので、説得力もあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;逆に言うと、それがなければ読む価値がかなり減るのではないでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;テレビなどを見て作者がどういう人か知っていて、かつ、ちゃんとした情勢や思想については他で調べるつもりなら、補助的な情報源として参考になるかな、という本でした。&lt;/p&gt;
</description>
        <pubDate>Thu, 06 Jul 2023 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2023/07/06/kikenshisou-copy.html</link>
        <guid isPermaLink="true">https://book.njf.jp//2023/07/06/kikenshisou-copy.html</guid>
        
        <category>ジャーナリズム</category>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>車輪生物と進化論</title>
        <description>&lt;p&gt;車輪生物について、本やネットに記載されている情報から考えたことを記しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/3Tb2Svq&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/61-b70FJnKL._SY466_.jpg&quot; alt=&quot;「ゾウの時間ネズミの時間: サイズの生物学」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

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&lt;h2 id=&quot;目次&quot;&gt;目次&lt;/h2&gt;

&lt;ul id=&quot;markdown-toc&quot;&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#目次&quot; id=&quot;markdown-toc-目次&quot;&gt;目次&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#車輪生物をめぐる議論&quot; id=&quot;markdown-toc-車輪生物をめぐる議論&quot;&gt;車輪生物をめぐる議論&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#疑問は二つに分けられる&quot; id=&quot;markdown-toc-疑問は二つに分けられる&quot;&gt;疑問は二つに分けられる&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#進化論的な説明&quot; id=&quot;markdown-toc-進化論的な説明&quot;&gt;進化論的な説明&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#鞭毛は反例になりうるか&quot; id=&quot;markdown-toc-鞭毛は反例になりうるか&quot;&gt;鞭毛は反例になりうるか？&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#マクロなスケールの回転構造も実は存在する&quot; id=&quot;markdown-toc-マクロなスケールの回転構造も実は存在する&quot;&gt;マクロなスケールの回転構造も、実は存在する&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#フィクションの中の車輪生物&quot; id=&quot;markdown-toc-フィクションの中の車輪生物&quot;&gt;フィクションの中の車輪生物&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#まとめ&quot; id=&quot;markdown-toc-まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;h2 id=&quot;車輪生物をめぐる議論&quot;&gt;車輪生物をめぐる議論&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;滑らかに地面を移動できる車輪は効率が良く、それを使った機器は移動手段としてよく使われています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一方、陸上の生物で車輪を使って移動するように進化したものは見あたりません。
ではどうして車輪を使った生物、つまり車輪生物がいないのかという議論があり、ベストセラーにもなった「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学」の中でも登場するのでご存じの方も多いでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;生物に車輪がない理由には色々な物が考えられますが、日本語の資料だと今ひとつ整理されていないように思えます。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;疑問は二つに分けられる&quot;&gt;疑問は二つに分けられる&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学」の中では、車輪は凸凹した道などが進みにくく、あまり良い移動手段ではないといったような議論がされていて、ネット上でもそれを引用した記述をよく見かけます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それはそれで全く問題ないと思うのですが、少し違和感があり、それがこの記事を書くきっかけとなりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というのも、「車輪が自然の中では役に立たない」ということは、進化してみて初めてわかることです。
そもそも車輪を持つ方向に生物が進化しなかったことを説明してくれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今のところ、生命が誕生してから現在に至るまで陸上で車輪を使って移動する生物が登場した痕跡はありませんし、車輪につながっていきそうな器官が見つかっているようにも思えません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、現実の世界で起こっていることを説明するには、もし車輪を持った生物が存在したら、ではなく、&lt;strong&gt;そもそも車輪を持った生物が生まれなかった理由&lt;/strong&gt;が必要だと思います。
そうでなければ、神様のような存在が、その方向に進化してもあまりメリットはないと考え、初めから進化を防いでいたとでも思わなければならなくなるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それではそもそも進化論が間違っているという事になります。
もちろん、現実はそうなっておらず無意味な議論です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、車輪生物が存在しない理由には、次の2つの説明方法があり得るわけです。&lt;/p&gt;

&lt;ol class=&quot;articlelist&quot;&gt;
  &lt;li&gt;なぜ車輪を持とうとする方向に進化しなかったのか&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;もし車輪があったとして、それは生物にとってプラスになったのか&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;

&lt;p&gt;これは明確に区別しなければならないでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;上で書いたように、1の方が現実に即しているように思えます。
しかし2も重要です。
なぜなら1だと「車輪生物はいたけれども単に化石が残っていないだけでは」という反論や、「もしいたらどうなのか」という疑問には答えられないからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;よって、両方とも意味のある議論ですが、私は特に1の方に興味があったと言うだけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と、ここまで自分で考えたのですが、さらによくよく考えてみると、素人の私がすぐに思いつくようなこの程度の事は、他の人も思いつくのではないかと思い当たりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこでインターネットで検索してみたのですが、日本語では私が求めているような情報を見つけることができませんでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんなに的外れな考えなのだろうかと不安に思って、英語でも検索してみると、&lt;a href=&quot;https://en.wikipedia.org/wiki/Rotating_locomotion_in_living_systems&quot;&gt;英語版Wikipedia&lt;/a&gt;に全く同じようなことが書いてあることを見つけて安心しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;よって、ここの内容の多くはこのWikipediaの記事を参考にしています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日本では「ゾウの時間～」がベストセラーになったことにより、ほとんどの車輪生物の議論がその本をベースとして論理が組み立てられまさに同工異曲といった状況です。
（ただし、「ゾウの時間～」の中ではそれ以外の説にも少しだけ触れてはいます。）
または、「俺はそうは思わない」と対抗意識を燃やしたのか、自説を展開するかのどちらかです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私が知りたいのは、実際に行われたちゃんとした研究などの多角的な知識なので、この話題についての日本語の情報はもうあまり見なくて良いかな、と思っています。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;進化論的な説明&quot;&gt;進化論的な説明&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;さて、車輪を作るのは生物にとっては難しいから、という議論をよく見かけますが、いささか説明にかけるところがあると思います。
例えば人間やイカなどの目は非常に複雑な構造ですし、鳥が飛べるのも翼や筋肉、関節、羽のつき方などが複雑に絡み合って実現されています。
このように進化は非常に複雑なものでも、必要であれば作ることができるように見えます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;にもかかわらず車輪は進化していないのですから、車輪のどの部分が進化にとって難しいのかということを、まず議論しなければならないでしょう。
車輪は構造が難しいのではできません、とだけ言うのにはあまりにも説明が足りていないのではないでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、翼や目と車輪はどこが違うのかということを、はっきりさせなければ何が難しいのかということもわからないはずです。
また、それがわかれば車輪以外でも生命の進化にとって難しいものが何かがわかり、より深い知見を与えてくれるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それに対する簡単な説明は「その種にとって有利となる、小さな変化の積み重ねになっていれば、進化しやすい」というものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば、目は少しでも光を感じられれば、ほかの生物よりも有利に行動できます。
翼は少しでも飛べればその分だけ移動が楽になります。
ともに性能が良くなれば、その分だけ生存に有利です。
つまり、小さな変化の積み重ねで進化できます。
しかし、&lt;u&gt;車輪は回らなければ役に立ちません&lt;/u&gt;。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;よって、&lt;strong&gt;車輪が進化にとって難しいのは、回る状態でなければ役に立たないので、小さな変化の積み重ねでたどり着きづらいからでしょう&lt;/strong&gt;。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;進化は突然変異によってランダムに引き起こされ、突然変異は低確率でしか起こりません。
複数の突然変異がたまたま生物に有利な形で一度に起こることは、とんでもなく低確率でしか起こらず、しかもあまりに変異しすぎると同種の仲間と交配できなくなります。
交配できないと、その生物はその世代で滅んでしまうでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに一度に大きな進化が起こるのは&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B7%B3%E8%BA%8D%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AA%AC&quot;&gt;跳躍進化説&lt;/a&gt;と呼ばれているようです。
こういう説を信じている人なら、いきなり車輪ができるのも受け入れられるかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;突然変異による小さな変化にメリットがなければ、その変異は自然淘汰の中で消えてしまい、複雑な機構を手に入れる前にその進化は終わってしまうでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;よって、もし途中経過にメリットがない進化を見つけられれば、それは進化論の反証になります。
実際、反進化論者の中にはそのような例を探している人もいるようです。
しかし、今のところ多くの研究者が納得するような例があったという話は聞きません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに、この議論は進化論が反証可能なちゃんとした科学理論であるという証拠にもなっています。
こういった知見を与えてくれるので、車輪生物をめぐる説の中で、個人的にはこの説を一番気に入っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、この説が一番優れていると思っているわけではありません。
すでに書いたように、例えばこれは「なぜその方向に進化しなかったのか」という事は答えてくれますが、「もし車輪があったとして、それは生物にとってプラスになったのか」の答えにはなりません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそも疑問の方向性が違うのですから、それらに優劣を決めるのは意味のない行為でしょう。
単に、問う人がどの疑問を抱いているか、というだけのことだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;鞭毛は反例になりうるか&quot;&gt;鞭毛は反例になりうるか？&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;回転を移動で使う生物の機構として鞭毛を動かすモーターが知られています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;回転するところが同じだけで、そもそも車輪ではないのですが、これを段階的な進化の反例と考える人もいるかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、鞭毛は実際には段階的に進化しているのかもしれませんから、まずどうやって鞭毛が進化したかを知る必要があるでしょう。
その上で他の場合にも同じ事が起こりうるかを考察してみなければ、反論にはなりません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;鞭毛を動かす機構は生物の中では非常に特殊で興味をかき立てられるもののため、いろいろな人が研究しています。
その成果は&lt;a href=&quot;https://en.wikipedia.org/wiki/Evolution_of_flagella&quot;&gt;英語版Wikipediaでも扱われており&lt;/a&gt;、例えば別の機能を持つ他の器官から進化した（こういったメカニズムは&lt;a href=&quot;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E9%81%A9%E5%BF%9C&quot;&gt;前適応&lt;/a&gt;と呼ばれています）、他の生物との共生といった説があるようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに、鳥が翼などを進化させたのは前適応の例としてよく使われます。
例えば羽根は体温維持のために進化した物で、最初から飛ぶことを想定して進化したわけではない、という具合です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;進化は少しずつ段階的に行われる、という考えからはこれらの仮説は外れていないようです。
もし外れていれば進化論への強力な反証となり、もっと話題になっていたでしょうからあたり前ですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのため、段階的な進化に対する反例として、鞭毛を使うのは無理そうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;では、前適応や共生による車輪の発生が微生物以外の、より体が大きく複雑な生物に起こりそうでしょうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;少なくとも、私は現存している生物がもつ、将来的に車輪につながりそうな器官は思いつきませんし、車輪に発展しそうな共生を行っている例も知りません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;よって、鞭毛を引き合いに出して陸上生物の車輪について語るのは、なかなか難しそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、鞭毛は車輪とだいぶ違うと思うのですが、そこはいいのかな？とも思います。
車輪は360度一回転して回らないと役に立ちませんが、鞭毛は少し回ってまた反対回りしても前に進みそうな気がします。
車輪は車軸以外も真円でないとうまく回りませんけど、鞭毛はそうでもないでしょう。
地上では重力が働くので車輪には強度も必要です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「回転で移動」以外の共通点が見あたらないので、鞭毛が車輪の話に出てくること自体が、なんとなくおかしな気がしますが、よくわかりません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに細胞の中の一部が回転したから「車輪だ！」といっている人にいたっては、どう扱っていいのか判断に困ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なんだか「回転すれば何でもいいだろう」というような、こじつけに思えます。
アクセス稼ぎのためにインパクトのあるタイトルをつけたくて無理矢理関連付けたかのようです。
まともな科学者がやることではないですよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;言葉の定義を自分の都合の良いように変更すれば、どんな議論も成り立つという、悪い例の一つでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;マクロなスケールの回転構造も実は存在する&quot;&gt;マクロなスケールの回転構造も、実は存在する&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;「回転構造」という広い意味で車輪というなら、実は微生物以外に巨視的な例が存在します。
それは二枚貝の消化器官の一つである桿晶体で、回転することで消化を助ける働きがあるそうです。
画像検索すると1cm以上ありそうな透明の細長い器官がヒットし、巨視的といっても良い気がしますね。
ただし、あまり詳しい話はネット上で見つけられなかったので、動きや性質の詳細などはよく分かりません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで、「微視的な物でなければ、生物は回転構造は発達させられない」という意見も見かけますが、このように反例があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;英語版Wikipediaには、桿晶体は巨視的なレベルで自由に回転する唯一の生物の器官として紹介されています。
日本語で桿晶体をネットで検索しても回転するという記事が見つかり、昔から知られているようなのですが、日本では生物の回転についての話題で、これが出てこないのが不思議ですね。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;フィクションの中の車輪生物&quot;&gt;フィクションの中の車輪生物&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;フィクションの中に車輪生物が出てくることがあります。
私が実際に読んだ本の中で印象に残っているのは、映画化もされた「ライラの冒険」の中に登場する生物です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/4dMmr5o&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/51RoN1BAxiL._SY466_.jpg&quot; alt=&quot;「黄金の羅針盤 (ライラの冒険シリーズ (1))」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

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&lt;p&gt;映画化されていない、シリーズの続巻に登場するその生物は、段差のあまりない異世界に住んでいて、円盤状の木の実を車輪として持ち移動します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり、車軸を通してエネルギーを伝えられない問題は、そもそも伝えずとも動くような物にして解決し、段階的な進化かどうかという問題も一種の共生で回避しているわけです。
おそらく、作者は車輪生物について一通りは調べてからこの作品を書いたのでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;体の外で何かを回転させる生物には実際にフンコロガシがいますし、あながちおかしな考えとも言えない気がしますね。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://en.wikipedia.org/wiki/Rotating_locomotion_in_living_systems&quot;&gt;英語版Wikipedia&lt;/a&gt;には車輪生物について、これ以外にもいろいろな議論が載っています。
ここで同じ事を繰り返しても意味がないと思いますので、興味がある人は読んでみると参考になるかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私が興味があったのは、そもそも車輪生物が登場しなかった進化論的な説明だったので、ここではそれについて特にご紹介しておきました。
骨や筋肉の仕組みに基づいた解剖学的な議論や、実際の地面を走るときの効率やリスクなどについても英語版Wikipediaにありますが、ここでは省略します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、陸上を移動する巨視的なレベルの、厳密な意味での車輪生物は実在しないので、これらの議論が正しいかどうかは分かりません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;将来、現実世界の進化を十分説明できるようなコンピューター・シミュレーションを行ってみたら、ひょっとすると高確率で車輪生物が生まれて、現実にはいないのはただの偶然となるかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ、少なくとも私にとっては、進化論に対するより深い理解をもたらしてくれたという意味で、有益な議論だと思います。&lt;/p&gt;

</description>
        <pubDate>Sat, 24 Jun 2023 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2023/06/24/syarin.html</link>
        <guid isPermaLink="true">https://book.njf.jp//2023/06/24/syarin.html</guid>
        
        <category>進化論</category>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>「なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる」寿命について科学的に論じた良書</title>
        <description>&lt;p&gt;ジョナサン・シルバータウン (著), 寺町朋子 (翻訳)「なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる」を読んだ感想です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/3T7SRze&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/91FXi-MlaTL._SY466_.jpg&quot; alt=&quot;「なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

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&lt;h2 id=&quot;目次&quot;&gt;目次&lt;/h2&gt;

&lt;ul id=&quot;markdown-toc&quot;&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#目次&quot; id=&quot;markdown-toc-目次&quot;&gt;目次&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#本を読んだきっかけ&quot; id=&quot;markdown-toc-本を読んだきっかけ&quot;&gt;本を読んだきっかけ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
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  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#まとめ&quot; id=&quot;markdown-toc-まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;h2 id=&quot;本を読んだきっかけ&quot;&gt;本を読んだきっかけ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;もともとは、ベストセラーになった「&lt;a href=&quot;(/2023/06/06/zou.html)&quot;&gt;ゾウの時間ネズミの時間―サイズの生物学&lt;/a&gt;」を読んだ時に、体の大きさと時間が関係しているという話が納得いかなかったので、寿命についてより詳しく書いてある本を探して見つけたものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;どうして納得いかなかったかと言うと、まず人間は体の大きさはそれほど大きくないのにかなり長寿です。
それに、インターネットで長寿の生物を検索してみると、例えばシロアリの女王、アイスランドガイなど、どれも小型の生物ばかり見つかりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、コウモリなども長生きしますし、ペットで長寿として有名なのはヨウムなどの鳥類で、これらの体は大きくありません。
長寿の動物としてよく取り上げられる亀も必ずしも大きくありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;少し調べただけでも、体の大きさと時間は関係してるというのはごく一部の生物だけを取り出してグラフにプロットして線を引いただけのようで、とても一般的な法則には思えません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;どうにもおかしいとしか思えなかったため、より詳しい本を探したところ、この本に出会いました。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;寿命を決める進化論的な要因&quot;&gt;寿命を決める進化論的な要因&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;/2023/06/06/zou.html&quot;&gt;「ゾウの時間ネズミの時間―サイズの生物学」の記事&lt;/a&gt;にも書いたので重複することになるためここでは詳しく書きません。
そこでも紹介したように、体が大きいと長生きしやすいというのは部分的には本当です。
ただし、それは別に体が大きいのが第一の理由ではありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実は、外的要因（外敵や環境の変化）によって死ににくい生物は、寿命も長くなる傾向があります。
つまり、体が大きいと外敵に襲われにくいので外的要因で死ににくく、寿命も長くなるわけです。
これは、たとえ研究室や動物園のような外的要因がない場合でも、そういった生物は長生きする、つまり本来の寿命も延びるという意味です。
「殺されないから長く生きる」という当たり前のことではありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに体が大きいと代謝が小さくなり、寿命が伸びるという説も昔からありますが、現在では&lt;a href=&quot;https://en.m.wikipedia.org/wiki/Rate-of-living_theory&quot;&gt;代謝と寿命について種をまたいだ関係性はないという研究&lt;/a&gt;があるようです。
2007年の研究で、もう16年も前ですね。
これもこの本の中でちゃんと書かれています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;話を戻して、外的要因で死にやすいと突然変異で長寿となったとしても、どちらにせよ天寿を全うせずに死んでしまいます。
つまり長寿の遺伝子を獲得したとしても意味がなく、種の存続という観点からの利点もありません。
その遺伝子は進化の過程で選ばれないでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、外的要因で非常に死にやすいなら、短い生涯の中で全てのリソースを使い一度だけ繁殖すればよい、という戦略の方が種の存続には有利になります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それが植物の一年草や、一年や季節ごとに世代交代する虫などの戦略なわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;逆の視点から見ると、鳥やコウモリは空を飛んで逃げられるため、シロアリは貝塚が、貝は殻があって身が守れるため、外的要因で死ににくい生物です。
そのため、長寿に進化すれば子孫を残すチャンスが増えます。
よって長寿になることに意味があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;といったように、「体が大きければ長生きする」という説では例外となっていた生物も、この説では無理なく説明でき、より優れた議論であることは明らかでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この「外的要因によって死ににくい生物は寿命も長くなる」という考え方はこの本で初めて知ったので非常に参考になりました。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;他の寿命に関係した話題&quot;&gt;他の寿命に関係した話題&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;他にも遺伝やテロメア、フリーラジカルなど寿命に関する話題について触れられていて、「結局あれはどうなったのだろう」と思うような事がまとめられています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;例えば、テロメアやフリーラジカルは代謝が大きいと寿命が短くなる理由として使われることがあります。
しかし、テロメアは短くなっても長くする酵素がありますし、フリーラジカルについてもその害を軽減するシステムがあり、そう簡単な話ではありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、例えばテロメアはガンを抑制する効果があるのでは、という説もあり、単純に寿命を短くしているとも言いがたいです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういったこともこの本ではしっかり触れられています。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;今ひとつな点&quot;&gt;今ひとつな点&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;この本は科学的事実については非常によくまとめられていると思います。
しかし、残念な点もあります。
それは文章が冗長だということです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;海外のポピュラーサイエンスの本を読んだことのある人がよくご存知だと思いますが、こういった本には、本題に入る前の各章の最初に題材に関係した事実などを描写する部分があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;例えば実験の背景になった事件や発掘場所の描写、研究所の雰囲気などといったものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;寿命という一般的な話題を論じているせいか、この本ではその部分が本題から遠い話題になっていて、正直なところ読みにくいです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また日本人には縁遠いような内容が多く興味がいまひとつ持てません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;例えば本の最初ではウエストミンスター寺院の床の話から始まります。
寺院の床が寿命に特別に関係するわけもなく、ちょっとした例え話にすぎません。
仏教の曼荼羅でもなんでも良さそうな内容です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日本の科学系の新書のように、いきなり本題から入るのもどうかとは思うのですが、この本についてはその方がまだ良かったかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういった部分は、興味がなければ読み飛ばしても大丈夫だと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、原書が出版されてたのは2013年なので今となっては少し古い本です。
版をあらためているようにも見えません。
内容については最新のものではない部分もあると思っておくべきでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;例えば、あらかじめ特殊な遺伝子操作をした動物で老化した細胞を取り除く実験について、本の中で述べられています。
現在ではそれがさらに進んで、遺伝子操作無しでも薬で実現されそうだと話題になっているのはご存じの方も多いでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このように、本の内容が今でも正しいかは自分で考えて調べてみる必要があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それと、タイトルは少し安っぽいですね。
原題は「The Long and Short of It: The Science of Life Span and Aging」となっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「The Long and Short of It」は直訳すれば「その長さと短さ」ですが、「話の要点」という意味もある言葉です。
寿命の長さや短さ、そしてそれらの議論の要点という二つの意味を持たせてあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;後半の「The Science of Life Span and Aging」は「寿命と老化の科学」です。
和書のタイトルはそのニュアンスが生かされているとは言えなさそうです。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;まとめ&quot;&gt;まとめ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;冗長な部分があるものの、内容については個人的にかなり満足のいくものでした。
また参考文献などがしっかりして、論理の組み立てにも無理がないので信用できる議論が展開されていると思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;特に外的要因が寿命を決める重要な因子であるという説や、代謝の多さが必ずしも寿命を短くはしないといった話は、なかなか目にする機会がないものだったので、参考になりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;寿命に関する科学的な議論を一通り知っておきたい人には、かなりおすすめの本です。&lt;/p&gt;

</description>
        <pubDate>Mon, 19 Jun 2023 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2023/06/19/nazeoiru.html</link>
        <guid isPermaLink="true">https://book.njf.jp//2023/06/19/nazeoiru.html</guid>
        
        <category>科学</category>
        
        <category>進化論</category>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学」サイズは本当に種の時間を決めるのか？</title>
        <description>&lt;p&gt;本川達雄 (著)「ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学」を読んで気になった点をまとめました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/3Tb2Svq&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/61-b70FJnKL._SY466_.jpg&quot; alt=&quot;「ゾウの時間ネズミの時間: サイズの生物学」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/3Tb2Svq&quot;&gt;Amazonで見る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;目次&quot;&gt;目次&lt;/h2&gt;

&lt;ul id=&quot;markdown-toc&quot;&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#目次&quot; id=&quot;markdown-toc-目次&quot;&gt;目次&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#本の概要&quot; id=&quot;markdown-toc-本の概要&quot;&gt;本の概要&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#体の大きさと生物の寿命&quot; id=&quot;markdown-toc-体の大きさと生物の寿命&quot;&gt;体の大きさと生物の寿命&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#代謝と寿命&quot; id=&quot;markdown-toc-代謝と寿命&quot;&gt;代謝と寿命&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#より良い説はあるのか&quot; id=&quot;markdown-toc-より良い説はあるのか&quot;&gt;より良い説はあるのか？&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#最後に&quot; id=&quot;markdown-toc-最後に&quot;&gt;最後に&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;h2 id=&quot;本の概要&quot;&gt;本の概要&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;1992年に出版され、ベストセラーとなったサイズと動物の性質について論じた本です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;例えば、ゾウとネズミは一生に打つ心臓の鼓動の数が同じというような話は、この本が売れたことによってよく知られるようになりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それ以外にも動物のサイズとカロリーや移動速度など、いろいろなパラメーターが比較されています。
詳細な内容については、古い本ですしいろいろなレビューがすでにたくさんあるので、ここでは省略します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、私が一つ気になったことがあるので、それについてここではまとめておきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それは、「サイズは本当に種の時間を決めるのか？」ということです。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;体の大きさと生物の寿命&quot;&gt;体の大きさと生物の寿命&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;この本で扱われている主題のうち、例えば体の大きさと必要な熱量などについては、物理法則などからも予想できる部分があるので、詳しい数値はともかく何か関係があってもそう不自然とは思いません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、この本で紹介されている「体が大きいと生物の時間も長い」という説は奇妙です。
体の大きさと時間、つまり寿命などについては、生物の生態や体の働きなどが一番に関係するので、そう簡単ではないでしょう。
また、そこにどういう理由があってそうなってるのか、というのが本の中では曖昧な気がしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかも、私たちはサイズの割に長い時間を持てる例外的な生物をよく知っています。
それは我々自身です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人間は明らかに他の動物に比べて体重の割に長生きします。
医学の進歩により長生きするようになったと考えることもできますが、体重が100倍ぐらい違う象と同じレベルの寿命というのは、それだけで説明できるものでしょうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こう考え他にも例外があるのではと調べてみたところ、簡単に見つかりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;例えば、最近ニュースにもなっていたのでご存知の方もいるかもしれませんが、生物の中で特に長く生きるものとしてアイスランドガイという貝がいます。
その中には500年ぐらい生きたとされる個体も見つかっています。
体長はたったの8.6cmだったそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;昆虫の中で寿命が長いものを調べてみると、オーストラリアに住むシロアリの女王アリはおそらく100年ぐらい生きるのではないかと考えられているようです。
体長は10cmぐらいのようです。
（以下参考動画）&lt;/p&gt;

&lt;div class=&quot;item-movie&quot;&gt;
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&lt;/div&gt;

&lt;p&gt;これらの生物は変温動物です。
寿命については変温動物と恒温動物は違う、変温動物の方が代謝が少ないので寿命が長くなるという主張もみかけます。
そこで、恒温動物についても調べてみました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;恒温動物である鳥類は哺乳類より全体的に長生きです。
例えば体重500gほどしかないヨウムの寿命は50年、長寿の象徴であるツル（体重3～4kg）は15年以上生きるそうです。
「ツルは万年」とはいかないにしても、体重5kgのネコの平均寿命が15～16年ということを考えると、体重のわりに長く生きます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、同じ哺乳類の中でもコウモリは長生きすることが知られています。
通常は5年程度、飼育下なら20年ぐらい生きるそうです。
一方、体重が同じぐらいのネズミの寿命は1～3年程度です。
「体が大きいと長生きする」より、むしろ「飛ぶと長生きする」と言われた方が納得できます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに、コウモリは冬眠に似たような代謝を抑える仕組みがあるので寿命が長いのではないか、という説を唱えている人も見かけましたが、後でご紹介する本によると否定する研究があるようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうやって調べてみると、体が大きければ寿命が長くなるという説は、もし成立してるとしてもかなり限定的ではないか、ということが予想できます。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;代謝と寿命&quot;&gt;代謝と寿命&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;それでは、そもそも体が大きければ寿命が長くなるという説の、根拠となるようなメカニズムはあるのでしょうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この本（『「ゾウの時間～』）の中で根拠としてあげられているのは、体が小さいと体温を保つために代謝を多くしなければならないため、寿命は短くなるというものです。
しかし、はっきりとこれが原因だという明言は避けられています。
また、代謝が大きくなればどうして寿命が短くなるのかについての詳しいメカニズムについては、特に議論がされていません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;よく使う装置は消耗が激しく、すぐに壊れてしまうという素朴なイメージから、代謝が多ければ寿命が短くなる、という考え方に至るのは理解できなくもありません。
しかし、それは本当に生物の体という複雑なものに適用されるものでしょうか？
第一、装置でも鉄でできているか木でできているかといった、素材によって消耗の仕方は違います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実はこの代謝が多ければ寿命が短くなるという説は「Rate-of-living theory」と呼ばれています。
かなり昔からある説ですが、今となっては種をまたいでその説が成立するということは、鳥類や哺乳類についての広範な解析により&lt;strong&gt;否定されています&lt;/strong&gt;。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これは&lt;a href=&quot;https://en.m.wikipedia.org/wiki/Rate-of-living_theory&quot;&gt;英語版Wikipedia&lt;/a&gt;でも紹介されており、2007年の研究だそうです。
この本（『「ゾウの時間～』）の出版よりも後の研究であるため、その内容が反映させてされていないのは仕方がないと言えるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結局のところ、体が大きいと寿命が長くなるという説には、例外が多い上にその根拠となる仕組みも明らかではなさそうです。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;より良い説はあるのか&quot;&gt;より良い説はあるのか？&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;では、一見して体が大きい方が寿命が長くなるように見えることや、それ以外の例外をうまく説明するような説が存在しないのか、というと実はあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それはこちらの本を読んで知ったものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/3T7SRze&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/91FXi-MlaTL._SY466_.jpg&quot; alt=&quot;「なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/3T7SRze&quot;&gt;Amazonで見る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その説は「&lt;strong&gt;外的要因によって死ににくい生物は寿命も長くなる&lt;/strong&gt;」というものです。
逆に言えば、もしある生物が外的要因で死にやすければ、たとえ外的要因がない状況（実験室や動物園など）で育てたとしても、寿命ですぐに死んでしまうということです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここで言う外的要因とは、外敵による捕食や環境の変化を指します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これは実例を考えると理解しやすいでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;例えばカゲロウは成虫になって数日で死んでしまう、儚いものの象徴とされるほどか弱く小さな昆虫です。
もし突然変異でカゲロウが成虫になっても100年生きるような遺伝子を獲得したとします。
その遺伝子はカゲロウが子孫を残すのに何かプラスになるでしょうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;答えはもちろん「ならない」です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なぜならカゲロウが100年生きようとしたとしても、鳥などの外敵や天候の変化などによって、その寿命を全うすることなく死ぬだろうからです。
おそらく、体力を再び蓄えて次の繁殖を行うまで生きられるかも怪しいでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまり外的要因で死にやすいカゲロウにとって、長寿の遺伝子というのは子孫を残すのに何のプラスにもなりません。
そのような遺伝子は進化の中で選ばれることなく、すぐに消え去ってしまうでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;よって外的要因で死にやすい生物が長寿になることはまずありません。
そのような資質を獲得したとしても意味がないからです。
逆に言えば、長く生きる生物は外的要因によって死ににくいということになります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;長生きすればそれだけ繁殖の機会が増え、子育てもできて子孫を多く残せます。
しかし、外的要因で死ぬ可能性を全くなくすことはできないため、寿命には「これ以上生きられても、すでに外的要因で死んでいる可能性が高いので、子孫を残すのには意味がない」という限界の長さがあるはずです。
おそらく進化はその寿命を選ぶでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それとも外的要因ですぐに死ぬなら、使えるリソースを使い果たして寿命を短くしてでも早く多く繁殖をする、という戦略が選ばれるかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;/assets/img/zou/zou01.png&quot; alt=&quot;外的要因と寿命の図&quot; /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この説でまず注目すべきなのは、「体が大きければ長生きする」という説を内包していることでしょう。
通常、生物は自分よりも体が小さい生物を捕食するので、体が大きければ相対的に外敵が少なくなり、死ににくくなるからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「体が大きければ長生きする」という説では例外になる長寿の生物の存在も、この説では無理なく説明できます。
貝が長生きするのは、殻があるので外敵に襲われにくいためでしょう。
鳥類やコウモリが長生きできるのは、空を飛んで逃げられるため、シロアリの女王アリは巨大な蟻塚で守られている、といった具合です。
人類が長寿なのは、もともと樹上で生活していたため、外敵から逃げやすかったのではと上記の本（『なぜ老いるのか～』）では説明されています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;またこの説の根拠は、進化論というしっかりとしたバックグラウンドのある理論です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こういった点から、外的要因が寿命を決める重要な因子であるという説は、体の大きさと寿命が関係するという説よりも、種をまたいだ議論では優れていると言えるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、種を限れば体の大きさと寿命には関係がありそうなので、別に間違っているわけでも役に立たないわけでもないと思います。
しかし、『ゾウの時間～』の本の紹介などで見かける、生物全体にわたって通用する単純な法則、とは言えないでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそも、我々人間がその法則から逸脱しているのは明らかです。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;最後に&quot;&gt;最後に&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;私が気になっていた&lt;strong&gt;「サイズは本当に種の時間を決めるのか？」という疑問に対しての答えは、「種を限定すれば成り立つかもしれないが、一般的には違う」&lt;/strong&gt;ということになるでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、「外的要因によって死ににくい生物は寿命も長くなる」という、より納得のいく説も見つけられました。
これを知るきっかけを作ってくれたことが、私にとってこの本の最大の価値です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この説は「体が大きければ長生きする」というような単純な物ではありません。
それぞれの動物の生態について調べ、どのような外的要因が生存に関係しているか知る必要があります。
例えば、亀の甲羅や毒を持つことで捕食されるのを避ける、というのも考えなければいけません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;よって、一言でまとめられるような単純さはなく知ったときのインパクトには欠けるので、おそらく一般受けはしないでしょう。
かなり前から分かっていることなのに、広く知られているように思えないのは、そのせいかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『ゾウの時間～』の中で、作者は以下のように書いています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;
  &lt;p&gt;説明できなければ学問ではない、という考えは、ごもっともだと思うけれど、理屈をこねない学問も、もう少し幅をきかせてもいいのではないかと、私は感じている。
（「第三章 サイズとエネルギー消費」より）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;作者がこうなのですが、読む方もこの本に理屈を求めてはいけないのかもしれません。
理論的裏付けはないかもしれない、例外があるかもしれない、最新の理論では否定されているかもしれない、相関関係はあっても因果関係はないかもしれない、データは恣意的に選ばれているかもしれない、などと考えながら読むべきでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;説明がなく証明されていない事実に対しては、こういう態度をとるべきだと思います。&lt;/p&gt;
</description>
        <pubDate>Tue, 06 Jun 2023 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2023/06/06/zou.html</link>
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        <category>科学</category>
        
        <category>進化論</category>
        
        
      </item>
    
      <item>
        <title>「図書館司書と不死の猫」のあらすじ、読んだ感想</title>
        <description>&lt;p&gt;リン・トラス (著)、玉木 亨 (翻訳) の「図書館司書と不死の猫」を読んだので、そのあらすじ、良かった点、感想をまとめています。
&lt;strong&gt;ネタバレや少しきつめの内容の感想が含まれているので、まだ読んでいない人や批判的な意見を見たくない人はご注意ください。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/4g7OePd&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/81uJTi2b5WL._SY466_.jpg&quot; alt=&quot;「図書館司書と不死の猫」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

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&lt;h2 id=&quot;目次&quot;&gt;目次&lt;/h2&gt;

&lt;ul id=&quot;markdown-toc&quot;&gt;
  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#目次&quot; id=&quot;markdown-toc-目次&quot;&gt;目次&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
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  &lt;li&gt;&lt;a href=&quot;#感想ネタバレあり&quot; id=&quot;markdown-toc-感想ネタバレあり&quot;&gt;感想（ネタバレあり）&lt;/a&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;h2 id=&quot;あらすじ&quot;&gt;あらすじ&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;妻を亡くし、仕事も退職した主人公の男性が、暇を持て余していたので、以前にメールで送られてきたデータを見てみると、喋る不死の猫についての信じられないような内容が書かれていた、というところから話は始まります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;冗談か創作か何かと思っていたところ、その内容は自分にも関係していることが分かり、さらに人間の不審死などへと話は広がっていき、最後には、意外な真実が明かされます。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;良かった点&quot;&gt;良かった点&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;良い点としては、まず、メールなどの内容をうまく使った全体の構成はおもしろいと思います。
先が気になって読ませるようになっていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;不死の猫が自分の事を話す部分も、人間とは違う、普通ではない話の展開になるので面白かったと思います。
しかも、この猫は聡明で普通ではない体験をしているため、魅力的なキャラクターでした。
クライマックスも、間抜けな主人公の視点より、猫視点の方で読みたかったぐらいです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;翻訳も、あまり気になるところはありませんでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;装丁もイラストがかわいくて良いと思います。&lt;/p&gt;

&lt;h2 id=&quot;感想ネタバレあり&quot;&gt;感想（ネタバレあり）&lt;/h2&gt;

&lt;p&gt;正直なところ、私の好みには合わなかったです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;タイトルに惹かれて読んだのですが、猫はともかく、図書館司書はそれほど意味がありません。
そもそも、語り手の他に作中の資料を書いた人物がいて、彼の視点でも物語は進みます。
つまり、人間の主人公は実質二人いて、司書なのは語り手の方だけ、しかも現在は退職していて「元司書」です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;他に猫が自分語りをする場面もあり、主人公は三人いるとも考えられるでしょう。
こちらは、タイトル通り不死の猫です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また、司書が本の知識を生かしてなにかする、という場面も少なく、「別に司書でなくても良いのでは」と思う内容です。
一応、図書館が舞台の場面もあるのですが、別に主人公が司書でなくても「友達が司書で中に入れてもらった」ぐらいの設定でどうにかなるような気がします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;タイトルからすると、いわゆる「ビブリオファンタジー」と呼ばれるジャンルの本かと思っていると、肩透かしを食らうでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それもそのはず、原題は「Cat Out of Hell」、つまり、「地獄から来た猫」となっています。
つまり、そもそも登場人物が司書であることは、必ずしも話の中心とはなっていないのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思わせぶりな日本語タイトルとは少し違い、原題がB級ホラーっぽい雰囲気なのにあわせて、コミカルな部分もありつつミステリ要素なども入ったホラーになっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただし、日英の文化的な差なのか、それほど笑える感じは気はしません。
ミステリ要素はあまり意外性がなく、謎のままで残される要素もあり（1回だけ喋る犬とか）、物語に深みを与えると言うより消化不良と感じました。
ホラーとしては、猫の話、しかも伝聞や過去の出来事が中心なので、切羽詰まった感じもなく、あまり怖くありません。
どの要素も中途半端、という感は否めないですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらに、章が変わるたびに、主人公の言い訳じみた一人語りが入るので、いちいち話が止まります。
そのせいで、だんだんと読むのが面倒になってくるのも、個人的に受け入れられませんでした。
特に最後の章では、回想が始まる前に自己評価をして採点し、そのあと話が終わってから、また再評価しなおすのは、「それ必用か？」と思わざるを得なかったです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;回想で語られているので、ただでさえ本人は死なないのが分かって緊張感が無くなるのに、先に評価までしたら、どんな話の流れか予想できてしまい、読む気が失せてしまいます。
そして、話が終わってからまた同じ事をやるのは、蛇足だとしか思えません。
論文ではないので、冗長な部分があるのはかまいませんが、その代わり読んで面白いような文章や内容にしてほしいです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかも、それだけもったいぶっておきながら、肝心のクライマックスでは、主人公は空腹でおかしな行動をしたあげく、気絶しますからね！
大立ち回りまでは期待していませんが、司書らしく知識を生かした舌戦ぐらいはして欲しかったです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;展開が速く、派手な事が起こる最近のエンターテインメントになれた人には、全体的に物足りなく感じることでしょう。
「喋る不死の猫」というのも、特に珍しくないアイデアですし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;作者は文法についてのエッセイでベストセラーがある人なので、そのファンが読んでいる本なのかな、という気がします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://amzn.to/4gbolhN&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://m.media-amazon.com/images/I/51Z5HVM7SJL.jpg&quot; alt=&quot;「図書館司書と不死の猫」書影&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この作者のベストセラー作品。&lt;a href=&quot;https://amzn.to/4gbolhN&quot;&gt;Amazonで見る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日本の作家などでも、すでにファンのいる人がジャンル違いの本を出すと、そのジャンルではそれほど目新しくも完成度も高くないのに、そのジャンルを読んだことのないファンの人が高評価をつけていくので評判が不自然にあがることがあります。
それと同じ事が起こっているのかもしれません。&lt;/p&gt;

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        <pubDate>Mon, 05 Jun 2023 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2023/06/05/tosyokan.html</link>
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        <category>ホラー</category>
        
        
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        <title>このブログについて</title>
        <description>&lt;p&gt;読んだ本の感想などを書いています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;特に明確な方針などはありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;他のブログ&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://njf.jp/minecraft/&quot;&gt;NJFのマイクラ日記&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
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        <pubDate>Thu, 01 Jun 2023 00:00:00 +0900</pubDate>
        <link>https://book.njf.jp//2023/06/01/about.html</link>
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