NJFの読書日記
『未来医師』感想:ディック初期作品として割り切るなら読む価値があり
フィリップ・K・ディック『未来医師』を読んだ感想を書いています。
ネタバレや少しきつめの内容の感想が含まれているので、まだ読んでいない人や批判的な意見を見たくない人はご注意ください。
目次
ここからディック読み始めるのはおすすめしない
結論からいうと、この『未来医師』からディックの作品を読み始めるのはおすすめしません。『未来医師』はディックのキャリアの初期に位置づけられる作品です。私はディックの作品は『ユービック』と『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んだことがありますが、その二つに比べて粗さが目立ちます。
粗さを感じる理由
読み進める中で、特に気になった点をいくつか挙げます。
設定に無理がある
物語は、医療行為が犯罪とされる未来社会と、過去からそこに放り込まれた医師という、価値観の逆転を軸に展開します。この着想自体はディックらしく刺激的ですが、読み進めるうちに気になる点がいくつも出てきました。
まず、設定自体があまり現実味がありません。原書が刊行された1960年当時は人口問題が強く意識されていた時代であり、延命行為が否定的に扱われる社会にも、当時なりの現実味はあったのかもしれません。
しかしそれでも、短命な人々だけで文明や文化をどう維持するのか、人間の生存本能とどう折り合いをつけるのかといった問題が気になります。作中では、そうした点がほとんど語られません。
現実味はあまりないのに、この設定を採用にしたのは何か意味があるのだろうかと読み進めていると、今度はパルプSF的なタイムトラベルの展開が前面に出てきます。さらに、設定上はあまり存在しないはずの高齢者も登場しはじめ、結果として「この設定は物語にどれほど必然性があったのか」という疑問が強まります。
このように、設定と後半の展開との結びつきが弱く、結果として冗長に感じられる部分が少なくありません。実は本作は『時の手駒』という短編を引き延ばして長編化された作品だそうです。冗長さを感じるのはそのせいかもしれません。
タイムトラベルの扱い
タイムトラベルをめぐる構成にも疑問が残ります。タイムマシンが比較的気軽に使える設定である以上、ある原因を修正しても、敵対勢力が再びそれを改変する、というやり取りが延々と続く可能性があります。
この点について作中で十分に整理されているとは言い難く、展開がやや強引に感じられる場面もありました。
ディックらしい深みの欠如
ディック自身の文体や描写力についても、本作では弱点が目立つ印象を受けました。ディックはもともと、描写の巧みさよりも、背後にある哲学や「現実とは何か」という問いで読ませる作家だと思います。
しかし『未来医師』では、そうした思想的な背景があまり感じられず、アイデアだけが先行しているように感じられました。結果的に、安っぽいパルプSF的な描写ばかりが印象に残りました。
その他気になった点
それ以外にも、真空の宇宙で銃声が鳴り響いたり、敵対勢力が何を目的としているか曖昧だったり、急に恋愛要素が入ってきたり、と気になることがたくさんあります。「昔のパルプSFだから」と割り切らないと、読むのがややつらく感じられる部分もありました。
まとめ
総合的に見ると、『未来医師』はディックのファンが、彼の初期作品を確認する目的で読むのであれば、十分に意義のある一冊だと思います。ただし、これからディックの作品を読み始める方に、最初の一冊としてはおすすめできません。ディックの魅力を味わうには、もう少し後期の作品から入ったほうがよいと思います。
