NJFの読書日記
「なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる」寿命について科学的に論じた良書
ジョナサン・シルバータウン (著), 寺町朋子 (翻訳)「なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる」を読んだ感想です。
本を読んだきっかけ
もともとは、ベストセラーになった「ゾウの時間ネズミの時間―サイズの生物学」を読んだ時に、体の大きさと時間が関係しているという話が納得いかなかったので、寿命についてより詳しく書いてある本を探して見つけたものです。
どうして納得いかなかったかと言うと、まず人間は体の大きさはそれほど大きくないのにかなり長寿です。 それに、インターネットで長寿の生物を検索してみると、例えばシロアリの女王、アイスランドガイなど、どれも小型の生物ばかり見つかりました。
また、コウモリなども長生きしますし、ペットで長寿として有名なのはヨウムなどの鳥類で、これらの体は大きくありません。 長寿の動物としてよく取り上げられる亀も必ずしも大きくありません。
少し調べただけでも、体の大きさと時間は関係してるというのはごく一部の生物だけを取り出してグラフにプロットして線を引いただけのようで、とても一般的な法則には思えません。
どうにもおかしいとしか思えなかったため、より詳しい本を探したところ、この本に出会いました。
寿命を決める進化論的な要因
「ゾウの時間ネズミの時間―サイズの生物学」の記事にも書いたので重複することになるためここでは詳しく書きませんが、体が大きいと長生きしやすいというのは本当です。 ただし、それは別に体が大きいのが第一の理由ではありません。
実は、外的要因(外敵や環境の変化)によって死ににくい生物は、寿命も長くなる傾向があります。 つまり、体が大きいと外敵に襲われにくいので外的要因で死ににくく、寿命も長くなるわけです。 これは、たとえ研究室や動物園のような外的要因がない場合でも、そういった生物は長生きする、つまり本来の寿命も延びるという意味です。 「死なないから長く生きる」という当たり前のことではありません。
ちなみに体が大きいと代謝が小さくなり、寿命が伸びるという説も昔からありますが、現在では代謝と寿命について種をまたいだ関係性はないという研究があるようです。 2007年の研究で、もう16年も前ですね。 これもこの本の中でちゃんと書かれています。
話を戻して、外的要因で死にやすいと突然変異で長寿となったとしても、どちらにせよ天寿を全うせずに死んでしまいます。 つまり長寿の遺伝子を獲得したとしても意味がなく、種の存続という観点からの利点もありません。 その遺伝子は進化の過程で選ばれないでしょう。
また、外的要因で非常に死にやすいなら、短い生涯の中で全てのリソースを使い一度だけ繁殖すればよい、という戦略の方が種の存続には有利になります。
それが植物の一年草や、一年や季節ごとに世代交代する虫などの戦略なわけです。
また、鳥やコウモリは空を飛んで逃げられるため、シロアリは貝塚が、貝は殻があって身が守れるため、外的要因で死ににくいので長寿に進化すれば子孫を残すチャンスが増えます。 よって長寿になることに意味があります。
といったように、「体が大きければ長生きする」という説では例外となっていた生物も、この説では無理なく説明でき、より優れた議論であることは明らかでしょう。
この「外的要因によって死ににくい生物は寿命も長くなる」という考え方はこの本で初めて知ったので非常に参考になりました。
他の寿命に関係した話題
他にも遺伝やテロメア、フリーラジカルなど寿命に関する話題について触れられていて、「結局あれはどうなったのだろう」と思うような事がまとめられています。
例えば、テロメアやフリーラジカルは代謝が大きいと寿命が短くなる理由として使われることがあります。 しかし、テロメアは短くなっても長くする酵素がありますし、フリーラジカルについてもその害を軽減するシステムがあり、そう簡単な話ではありません。
また、例えばテロメアはガンを抑制する効果があるのでは、という説もあり、単純に寿命を短くしているとも言いがたいです。
そういったこともこの本ではしっかり触れられています。
今ひとつな点
この本は科学的事実については非常によくまとめられていると思います。 しかし、残念な点もあります。 それは文章が冗長だということです。
海外のポピュラーサイエンスの本を読んだことのある人がよくご存知だと思いますが、こういった本には、本題に入る前の各章の最初に題材に関係した事実などを描写する部分があります。
例えば実験の背景になった事件や発掘場所の描写、研究所の雰囲気などといったものです。
寿命という一般的な話題を論じているせいか、この本ではその部分が本題から遠い話題になっていて、正直なところ読みにくいです。
また日本人には縁遠いような内容が多く興味がいまひとつ持てません。
例えば本の最初ではウエストミンスター寺院の床の話から始まります。 寺院の床が寿命に特別に関係するわけもなく、ちょっとした例え話にすぎません。 仏教の曼荼羅でもなんでも良さそうな内容です。
日本の科学系の新書のように、いきなり本題から入るのもどうかとは思うのですが、この本についてはその方がまだ良かったかもしれません。
そういった部分は、興味がなければ読み飛ばしても大丈夫だと思います。
また、原書が出版されてたのは2013年なので今となっては少し古い本です。 版をあらためているようにも見えません。 内容については最新のものではない部分もあると思っておくべきでしょう。
例えば、あらかじめ特殊な遺伝子操作をした動物で老化した細胞を取り除く実験について、本の中で述べられています。 現在ではそれがさらに進んで、遺伝子操作無しでも薬で実現されそうだと話題になっているのはご存じの方も多いでしょう。
このように、本の内容が今でも正しいかは自分で考えて調べてみる必要があります。
それと、タイトルは少し安っぽいですね。 原題は「The Long and Short of It: The Science of Life Span and Aging」となっています。
「The Long and Short of It」は直訳すれば「その長さと短さ」ですが、「話の要点」という意味もある言葉です。 寿命の長さや短さ、そしてそれらの議論の要点という二つの意味を持たせてあります。
後半の「The Science of Life Span and Aging」は「寿命と老化の科学」です。 和書のタイトルはそのニュアンスが生かされているとは言えなさそうです。
まとめ
冗長な部分があるものの、内容については個人的にかなり満足のいくものでした。 また参考文献などがしっかりして、論理の組み立てにも無理がないので信用できる議論が展開されていると思います。
特に外的要因が寿命を決める重要な因子であるという説や、代謝の多さが必ずしも寿命を短くはしないといった話は、なかなか目にする機会がないものだったので、参考になりました。
寿命に関する科学的な議論を一通り知っておきたい人には、かなりおすすめの本です。